ギターを買った。これでまた一歩よき死に近づいたので満悦で筆を執る。

 

ギターが欲しいと思っていた。なぜなら弾けたら楽しそうだからである。なお今現在においては全く弾けない。音符も読めないし、音楽の知識は皆無である。そんなゆるふわ根性ながらせっかくなら大好きな向井秀徳氏と同じフェンジャパのテレキャスターがいいなと思ってほろよい桃を飲みながらなんとなくググっていたときに一目惚れしたモデルがあった。"Fender Japan 2017年製シンライン Olympic White "だって。白い塗装のボディに薄墨色のローズ材のネックがすっと立ち、黒いピックガードが全体の印象を凛と締めて、その印象は一言でいえば「高貴」。それまでは漠然とむったんやのんちゃんみたいに赤いテレキャスターがいいな~なんて思っていた脳みそが一瞬できゅんと沸騰して、これがいい、これにする、明日買いに行く、とまで思い切って食器棚に鎮座していた貯金箱代わりのコップの中身を確認した。 

5月にペトロールズを聞いてなんとなく音楽いいなと思いはじめ、6月にyoutubeで違法にアップロードされていたザゼンのフェス演奏を聞いて雷に打たれたような衝撃を覚え、末日に突発でチケットを取った向井秀徳ソロにまんまと恋に落ち、8月に誰かの「今から貯金すれば飛行機も余裕でその上飲み食いし放題!」ってツイートを見て来年のRSRに行こうと貯金を始め、毎月おおよそ諭吉一人ずつ、絞り出したへそくりをこつこつ割れたグラスに突っこみ続けて5か月、途中無理をした甲斐もあって、果たしてそこには8万貯まっていた。十二分に射程範囲を賄える金額だ。結局気が変わってギターを買うことにしたわけだが、何が問題か。金とは使うためにある。かくして私は世界有数とも噂される楽器街御茶ノ水に出向くことを決意した。

 

今日は10時少し前に起床した。趣味の3Dモデリングで夜を徹してしまい就寝が4時程になってしまった後だったので、一日を通して少しぼんやりしてたし眠かった。シャワーを浴びにいくのにシャンプーセットを部屋に置き忘れてしまい結局お湯だけ浴びて上がってしまったし、俊敏に動けないので身支度と化粧に1時間以上かかってしまったけれど、休日なのでそれもよしとして意を決してでかける。14時半。気温は14度と春並に暖かかったのでなおよろしい。暖かいと何がうれしいかというと、重くて可愛くない服を着なくて済むところだ。

 

頭がぼんやりしすぎているので本を読むこともままならず、もうろうとしながらもギター屋のベテラン店員に馬鹿にされないよう戦闘力をぶち上げようと選曲したニルヴァーナのアルバムが半分くらい終わったところで神保町に到着した。途中、前からずっと立ち寄ってみたいとおもっていたメロンパン屋を偶然発見したので、そこで買ったチョコチップメロンパンをかじりながら御茶ノ水駅前まで歩いた。もの食いながら歩いてる時が一番盲目に幸福になれていい。今まさに手に持っている幸せと、目的という希望が揃ってお手軽だ。

 

ネットで見たあのシンラインを買うと意気込んではいたものの、目的のそれが御茶ノ水にあるとは限らない。まあせめて同じようなシンラインを見学して雰囲気をつかむところまでできたらいいなあと思っていたのだが、しかしさすがは御茶ノ水といったところで、私は早くも三軒目の楽器店にてまさにそのシンラインと対面してしまった。白い塗装、ローズ材のネック、黒のピックガード、f字の溝、昨日私が一目ぼれしたシンラインはそれで間違いなかった。しかも楽天より安い。

…安い。安いのだが、実際に白熱灯の下で見るそのシンラインは想像していたのとすこし感じが違った。塗装の感じが妙につやつやテカテカしすぎていて、なんか、そういう、そういうのとちゃうねん...偽物や勘違いではなさそうだった。ネットショッピング往々のあるあるではある。思ってたんと違う。ここでもしそんなことなくて想像通り期待通りであったならば私は店員と他に言葉を交わすことすらなくカウンターに10万円を叩きつけ颯爽と彼女を連れ帰っていたことだろう。だがそうはできなかった。だって、ちょっと塗装が...思ってたんとちがう...

 

 そうこうしているうちに店員が話しかけてきた。「触ってみたいのあったらいつでも言ってくださいね~」そこで試奏と言わないので私は油断した。そうか、弾けなくても持ってみるだけしてみればいいか!無論これは罠である。

店員はいそいそと棚から彼女を降ろし私をアンプの前へ案内した。ケーブルにつないでチューニングを確認し、「やっぱりシンラインなので普通のテレキャスより音がふくよかで」云々と一通りの説明を懇切丁寧にしてくれる。聞いてたんと違う。やめろ。どうぞ弾いてみてくださいじゃねえ。私は文字通り持ってみたいだけだったのだ。それっぽい椅子に座らされピックまで渡されて。聞いてたんと違う。どうする、どうなる、ええい!

私は一番細い弦をぴーんと弾き、その音は電気を介してマーシャルのアンプから店内中へ響き渡った。あとには店内放送で流れるRADWIMPS洋次郎の英語ラップだけが残った。

 

ぜんぜん全く一切何も弾けないんです、と半笑いで消え入りそうに申告する私を店員さんは馬鹿にするどころか、親切にギターを紹介してくれた。ほかの候補としては赤いテレキャスターを考えていると伝えると何本か持ってきてくれて、一つ一つの音の違いを解説してくれた。フェンダーにこだわりがないのなら同じ値段でもこれが一番音がいいですよ、とフジゲンのテレキャスタイプとシンラインタイプも見せてくれて、それでもフェンダーのシンラインと悩む私には甘い音が好きなら振り切ってレスポールはどうでしょう、お客さん似合ってますよ、なんて言ってくれた。

迷っているうちにはじめはいまいちに感じていたシンラインの塗装も気にならなくなっていた。店員さんに代わりに弾いてもらっているうちにやはりテレキャスターの硬い音が好きだなあなどと思ったりもした。迷って迷って3時間ぐらい居座ってしまって申し訳なかったが、結局、最後に残した候補3つの中から私が選んだのは、例のシンラインではなく、結局、フェンダージャパンの一番新しいモデルの、60年代風の真っ赤なテレキャスターだった。

支払う時に昔自分で設定した限度額を超えているためにカードが使えずちょっと恥ずかしい思いをしながらダッシュでファミマに下ろしに行ったり、背負わせてもらったギターの重みに浮かれて歩いていたら千代田線入り口まで来てしまい(※注釈 地下鉄の御茶ノ水駅は乗りたい線によって入り口が違い、中で繋がってもおらず、しかも結構離れているため急いでいるときなどに間違えてしまうと命取りになりかねない)戻れずちょっとした迷子になったり、ようやく乗り込めた帰りの丸ノ内線が思ってたより混んでて必死にギターを守りながら数駅やり過ごしたり、といった大冒険を経て帰宅したのが結局19時半ばだったか。途中なんどもあのシンラインのことを思い浮かべては、いや私はこの子を選んだのだから、と断腸の思いで振り切った。やたらめったらギターをコレクションしてしまう人たちの気持ちが少しわかった気がする。色だけ違うグッズがずらっと並んでたりとかアイドルグループの衣装だとか、マイナーチェンジが一番購買意欲をそそそるのは、似通った中でその変わった部分こそが本質を示すからだろうか。白くて綺麗で音の柔らかな彼女のことは、いつかまたお金が貯まった時に迎えるのも悪くないなと思う。

ギターだけを買って満足してしまい音を出す機材もチューナーもピックも持っていないので今日は抱いて寝る。もやし生活や電車代を浮かすためのチャリ通学も努力と呼んでくれるなら、努力の成果で一つ夢を叶えたと言える。しがらみ無き良き死に一歩近づいた記念日としてここに筆を取った。おやすみ。

 

追記:ひとまずチューナーとピックを買ったのでチューニングを合わせていたところ、勝手がよくわからずペグを巻きすぎて一番細い弦がバチンと切れてしまった。まだコードも押さえてないのに。私の人生いつもこんな感じだ。明日換えを買いに行く。